アクセス(Access)を使った中小規模のオーダーメイドソフト開発

アクセス(Access)を使った中小規模のオーダーメイドソフト開発 合同会社リアルテク

2017.10.16

常識と思い込み

Dlifeというサイト、ご存じでしょうか?

このサイトはアメリカのドラマを無料で視聴できます(見逃し配信)。

今(2017年10月から)、「スコーピオン」という番組にすっかりはまっています。

 

このドラマの第2話「バイオハッカー」の最初のシーンがとても興味深かったので紹介します。

主人公ウォルターが子供の頃の学校の授業で

105 212 556 703 902 988

「この6つの3桁の整数のうち「4」で割れる数はどれか?」  という先生の質問に

「全部です。」 とウォルターは答えます。

「これは全くお話にならない珍回答だな」

「常識で考えてみなさい。君はこの703を4で割り切れるというのかね」 と先生。

「703を4で割るとその答えは175.75になります。」

「みんな4で割れます。小数点以下があるだけです。」

条件定義がなかったので!」 とウォルター。

先生はこの回答に激怒します。

 

皆さんはこの会話をどうとらえたでしょうか?

ウォルターの回答は「屁理屈だ」ととらえる方が多いかもしれません。

私は、「条件定義がなかったので」という言葉にハッとしました。

 

この先生は無意識のうちに「割り切れる=整数」という条件を常識と考えていたのでしょう。

しかもほとんどの他の生徒もそう考えていたでしょう。

当然、私も「どういうこと?」って思いました。

 

なぜ、この部分を引用したかというと

何かの調査結果などをメディアで報道する時、その調査の元になった条件が「曖昧だ」ということに気がついたからなんです。

 

数学の授業は「条件定義の曖昧さ」に気付いたり、「考える手順の正しい進め方」を学ぶ場

だと思うんです。

その意味では、もしこの授業が数学の授業だったなら、この先生は失格だと思います。

メディアの報道にはこの先生のようなことが多すぎる気がします。

 

では、その例を紹介します。

例えば、「視聴率」

これどうやって調べているかご存知ですか?

一部のTVに付けられた装置からの情報による集計なんですよ。

でも、視聴率 といえば、日本全国の傾向である と無意識に捉えていませんか? 

 

もし装置を付ける家庭が偏っていたら(年齢、地域、性別・・・)、正確な傾向とは言えない

と思いませんか?

全国の○○世帯から集計、地域の偏りは・・・ と集計している条件がわからなければ結果は曖昧なものになります。

でも、視聴率というイメージに任せてそこは曖昧にしている。

 

もう一つ例をあげるなら

アンケートの集計結果の報道をよく見ますよね。

報道されているのは「○○が %、××が %、 ・・・・・」とだけ。

どのような文言によるアンケートだったかの報道は聞いたことがありません。

 

例えば、「中国という国についてどう思うか?」というアンケートがあったとします。

・嫌いだ

・好きだ

の2択だったら、その報道はそのままですね。

でも

・嫌いだ

・どちらかというと嫌いだ

・○○なところは嫌いだ

・・・・・

このように選択肢を増やして、報道するのは「嫌いだ が○○%、好きだ だ○○%」

と報道したら、上記の調査との違いがわかりますか?

嫌い、好き 以外の選択肢をどちらに集計するかにより大きく違ってきますよね。

また、質問内容がどちらかに偏った回答に誘導するような内容だったら、集計結果は怪しいですよね。

 

さらに、10人に聞いて、3人だったから、30% と報道されていたら、おかしいですよね。

最低限、調査対象は○○人、有効回答は○○人 と報道されていることがあります。

でも、よく考えてください。

全員女性だった とか

全員学生だった とか

一カ所(例えば○○駅)だけの調査だった とか、・・・

どうですか?

○○が○○% と報道されても、その集計条件が示されていなければ、結果に意味はありません。

 

皆さんは、こんな疑問を持ったことありませんか?

 

この内容って、オーダーメイドソフトの打合せにもよくあることなんです。

お客様から業務について説明して頂く時、

お客様にとっては常識でありすぎてサラッと流されるのですが、

ソフト開発者にとっては常識でないので、そこの理解(処理条件)が曖昧になります。

そこを曖昧なままにして仕様をまとめると、納品時にトラブることがあります。

いかに曖昧さを無くすか これが難しいですね。

 

当然、仕様書も確認頂いて、プロトタイプで操作性も見て頂きます。

それでも行き違いは発生します。

根本原因は「常識」という曖昧さ ではないでしょうか?

 

難しい数式を展開するのが数学 と思っていませんか?

それは、学校での数学の授業がそうだったからでしょう。

 

経済学者、数学エッセイストの小島 寛之さんは著書「世界を読み解く数学入門」のプロローグで

”現代の学校数学は、人間生活にとって基礎的な知識を育む、といった本来のあり方を逸脱して、子どもを競争させて甲乙をつけるための熾烈な競技場と化してしまいました。・・・・・・(中略)

数学は、日常生活や思考様式から切り離すことができないくらい、人間に密着したものだからです。

数学は怖いものでも、難解なもの、無用の長物でもないのです。

むしろ数学は、この世界を読みとき、ファンタスティックに見せてくれるパノラマなんです。”

と述べています。

 

少なくとも小中学校の数学の授業を、数学的発想やアイデアの歴史について学べば

詐欺などに騙される人が少なくなるんじゃないかと思うのですが、どうでしょうか?

 


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